俺は、いつものバーで一人飲んでいた。
カウンターの一番奥に見慣れない女性が一人。
とてもきれいな人だ。
「多分待ち合わせだろう」とマスターが言ったので、少し残念だったが声を掛けるのはやめた。
しかし、きれいな人だ・・・・
マスターとどうでもいい会話もひと段落した頃、さっちゃんとかよちゃんが酔っ払って登場した。
「お二人さん、ご機嫌だねー。」
ひと際酔っ払っているさちよが、
「ご機嫌じゃないわよ!今日は付き合ってよ~丁度よかった!ユウヤも呼んどいたから。」
「なら直人も呼ぼうか。」
少し意地悪をした。
すると、
「・・・・・・・呼ばなくていいよ!直人くんなんか!」
さちよの顔がさらに赤くなった。
「そう、じゃあ止めとくか・・・・・・・・。」
俺は小声でかよちゃんに話掛けた。
「かよちゃん、さっちゃん何かあったの。何か機嫌悪いみたいだけど。」
「なぜかは分からないけど、朝から機嫌悪いです。私もう帰りたいです・・・・・。」
触らぬ神に祟りなし。
俺も今日はさっさと退散しよ。
するとお店の奥から
「ご馳走さまです。お幾らですか?」
あの女性だ。
待ち合わせじゃなかったのか!
マスターに騙された~
「1,200円です・・・・・・また寄ってくださいね。」
「ありがとうございます。また来ますね。では。」
声も綺麗だ・・・
今度会ったら必ず友達になろう。
楽しみが一つ増えた。
「マスター、俺も帰る。ご馳走さん!」
女性二人のブーイングを無視して、そそくさと店を出た。
それにしても綺麗な人だった・・・
「もしもし、りこだけど。さっちゃん今いい。」
「どうしたの?りこちゃん。少しなら大丈夫だけど。」
「私、昨日の夜直人くんと寝ちゃったの。どうしょう・・・・・・・。まずいよね・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・う、う~ん。」
朝いちばんから、なんて重い内容の電話なんだろう。
まずいよねと言われても、なんとも言い様がない。
『お互い大人なのだから』と言えば済む事なのかもしれない。
「大人同士なんだから、まずいっていう事はないと思うよ。直人君だってきっと・・・・・・・・。」
「そうだよね、しょうがないもんね。さっちゃんがそう言ってくれると安心する。仕事中ごめんね、また電話するね・・・・・じゃあね、ありがとう。」
「じゃあ・・・・・・・・・・。また。」
そうして電話は切れた。
しかし『大人だから』という安易な言葉で終わらせて良かったのか。
いろいろと考えながらでも、不思議と足は勝手に会社へ向かう。
朝の10時、頭もまだすっきりしていない。
仕事の準備もできていない。
朝ご飯も食べれずにイライラしたまま。
そして重い内容の相談。
あの程度の答えしかできないのも無理ないだろう・・・
「今度ちゃんと考えてあげよ!」
会社のオフィスの隣の席のかよから声がかかり、ふとわれに帰った。
ちなみにかよは、私の部下である。
「さちよさん、何か言いました?」
「ごめん・ごめん、独り言。だめねー、独り言言うようになったら・・・・。」
しかしみんな楽しんでるよなー、私も明日のコンパがんばろ!
心の中でつぶやいた。
「かよちゃん、明日のコンパ何歳位の人達なの。」
「25歳前後かな、それとさちよさん、コンパ来週ですよ!」
「・・・・そうだっけ!な~んだ・・・・・・かよちゃん、今夜飲みに行くわよ。いいわね!」
「今夜ですか・・・・・・・・・。」
「だめなの!」
「い、いえ・・・行きます・・・ご一緒します~」
「よろしく!」
玄さんを、誘おう
・・・・・・・いやユウヤにしよ!
夏のはじまりを告げるような、すばらしい日曜の朝。
ここちよい目覚めとともに、今日はうまいハンバーグが食べたくなった。
「直人でも誘って、食いに行くか。」
独り言を言いながらベットから起き上がった。
「もしもし直人、朝早くから悪いな。起きてた?」
「起きてたわけないだろう。まだ日曜の9時だろう・・・頼むよ。」
直人の後ろで女性の声がする。
どうやら一人ではないようだ。
「静かにしてくれ」と小さな声で言っているのが聞こえた。
「ごめんごめん。一緒に昼飯に行かないかなと思って。無理ぽいね。まあ、ゆっくり楽しんでくれよ。また誘うよ。じゃあ」
意味ありげに電話を切った。
一方直人の部屋では、
「淳から昼飯行かないかって誘いの電話。さすがに『りこちゃん』と今一緒だから止めておくとは言えないよ。」
「私は平気よ。直人ととの事バレても。」
「まあ~そお・・・」
そしてまた、熱い一日が始まった。
俺は直人が誰といるのか想像しながら、携帯電話のアドレスを眺めた。
「なゆちゃんに飯でもおごってやるか。」
また独り言だ。
「もしもしなゆちゃん、淳だけど起きてた?」
「おはようございます。起きてますよ。どうしたんですか?こんな朝から。」
「いやあ、昼飯一緒にどうかなって思って。日曜日は仕事休みでしょ。」
少しの沈黙の後に
「す、すいません、お昼はちょっと用事があって・・・夜じゃいけませんか?」
「そうか、残念だな。分かった、夕方位にまた電話するよ。じゃあね。」
「せっかく誘ってもらったのに、すいません」
結局今日は、一人で食べに行く事にした。
「帰りにDVDでも借りよ・・・」
また独り言だ。
今日は朝から、よくしゃべる。
しかしなゆちゃんと出会ってもう3ヶ月も経つというのに、一度も昼間に会ったことがない。
多分他のみんなもそうだろう。
さっきの電話もどこか不自然だった。
何か昼間には会えない理由でもあるのだろうか?
夕方誘って、何気無く聞いてみるとしよう。
「さて、シャワーでもあびるか。」
これで今日最後の独り言にしよう。
彼女は、次のライブもその次のライブも来てくれた。
その頃には打ち上げにも自然と参加する仲間となっていた。
言葉は少ないが音楽の事になると、熱い気持ちのこもった言葉で俺達を感心させる。俺達にとって彼女の存在は、いつの間にか大きなものになっていた。
数日後…
「なゆちゃん、俺達の練習見にきなよ。」
バーカウンターの隣に居合わせたユウヤが言った。
俺もその言葉には賛同した。
しかしなぜか彼女は力なく言った。
「見たいな…でも多分いけそうにないです。
「お昼位ですよね練習…お昼は仕事で出れないんです…でも行きたいな~」
彼女は少し考えた後、
「やっぱり無理です。ありがとう、誘ってくれて。」
「そうか、仕事じゃ仕方がないな。時間が取れたら見にきなよ。」
ユウヤは少し残念そうだ。
それからもライブの度に彼女は来てくれた。
俺達と打ち上げまで参加し、いつも一人でタクシーで帰る。
彼女は岐阜市と大垣市の中間辺りに住んでいるらしい。
はっきりとした場所は言わなかったが、俺達もそれ以上詮索するつもりもなかった。
まだまだ彼女について、知らないことがたくさんあるようだ。
俺は、少し彼女に興味を覚えた。
彼女には、どんな過去があるのだろう?
ある晩、俺とユウヤはいつものマスターの店に飲みに行った。
さっちゃん・トモコ・なゆちゃんが3人でワインを飲みながら話していた。
「オウ、みんな楽しんでるね。」
「ネエ、直人は一緒じゃないの?」
トモコが尋ねた。
ユウヤが少し茶化して言う。
「ちがうよ、なんなら呼ぼうか?」
トモコは少し照れた顔で、
「別にいいよ!」
俺とさっちゃんは目が合い、笑いをこらえた。
そしてその日も長い夜は続いた。
今日のライブで演奏する3バンドの内、俺達はラストの出場だった。
会場の客の入りも、40~50人てとこだろうか。
まあまあってところだ。
「今日は、楽しめそうだ!」
直人が言った。
それはいつもより女性客が多いからだろう。
直人は男性客ばかりだと、ただひたすらたんたんと唄う。
まあ、気持ちはわかるが・・・・・・・・。
2つ目のバンドのアンコールの曲が流れ始めた。
「そろそろ準備でも始めるか。」
玄さんが言った。
俺達は、すでに準備を終えていた。
かなりテンションの高いライブだ!
直人の声もいつもより大きく響いている。さすがだ!
ライブを終え、客席の仲間に挨拶に行く。
途中カウンターでビールを頼もうとした時、誰かの視線を感じた。
背の小さい女性が俺達を少し離れたところから見ていた。
何処かで会ったような・・・
「直人、あの子・・・」
「もしかしたら、この間助けた子じゃない?」
「きっとそうだ!」
直人が、声をかけに行った。
「君この前の子だよね。」
彼女は、小さくうなずいた。
「よくライブに来るの?」
「探して来ました。」
「俺達の事、よく分かったよね。見に来てくれてありがとう。」
「とても楽しかったです!」
彼女の嬉しそうな笑顔が、俺達にはとても心地よく感じられた。
「よかったら来月もここでライブやるから見に来てよ。」
「そういえば、名前なんていうの?」
「なゆ・・・なゆみです。」
「そうか、なゆちゃんか。よろしくね。」
直人がなゆちゃんに俺達を紹介しはじめたが、すでにメンバーを知っているようだった。
直人は、女性に優しく自然だ。
俺も少しは見習わなければ・・・
「直人君、女性には本当に優しいんだから・・・」
嫉妬気味の声で、バンドの飲み仲間の朋子が言った。
そして俺は、同じく飲み仲間のさっちゃんと目が合い、お互い笑いをこらえた。
俺達は、朋子とさっちゃんに彼女を紹介した。
なにかと面倒見のよい二人だ、なかよくやってくれるだろうと・・・
夜はまだ続く・・・