俺は思った・・・・・なゆちゃん、いつか青く澄んだ海を見せてやる、と。
「いらっしゃい・・・。」
マスターの声が店内に響いた。
「お姉ちゃん・・・・・・どうして・・・?」
「・・・・・・・・・・なゆ・・。」
どんな顔をしていればいいのか、なんて声をかけていのか、
俺は、一瞬で判断できなかった。
「なゆちゃん、いつものでいい?」
「・・・・は・・はい。」
マスターの一言で、いつもの店の雰囲気に戻った。
さすがマスター・・・・・・心の中でつぶやいた。
「私も今度は、ライブいっしょに連れてってくれないかな・・・。」
「お姉ちゃん・・・・・・。」
「僕も今度のライブは行こうと思ってたから、三人で盛り上がろうよ。」
マスターの声が、なぜだか響く。
「・・・・・・・・・・。」
「そ そうだ、5月24日ライブがあるから必ず来てくださね。必ず楽しいライブにするから。」
俺はその言葉をいったあと、頭の中に俺達、なゆちゃん、ゆかさんが青い海を見ている映像がうかんだ。
「いらっしゃい。」
花屋のオーナーの秋川さんがいつもより早い時間に現れた。
「ジャック ロックでいいですね。」
マスターがお決まりの言葉を言う。
「よろしく。」
お決まりの言葉である。
今夜は、俺もジャックで朝を迎えてみよう。
「マスター、俺も秋川さんと一緒で・・・・お願いします。」
ゆかさんは、俺になゆちゃんの病気について話し始めた。
「なゆの体に変化が起こったのは、中学2年の夏の初め頃です。」
「体育の時間に突然倒れ、病院に運ばれ入院しました。」
「幸い2週間で退院できたのですが、それ以来学校には行けなくなってしまったんです。」
「でもなゆちゃん、いつも元気そうに見えますけど、もう直ってるんですよね?」
「いえ、なゆの病気と言うのは、太陽の紫外線に長時間あたっていると呼吸困難に陥って、最悪の場合死亡してしまうという病気なんです。」
「今の医学ではまだほとんど解明されていない難病なんだそうです。」
「だからなゆは、みなさんのお昼のお誘いはお断りしていたのです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
言葉が出てこない。
「でも、夜はある程度気をつけていれば、普通の人と変わりない生活は送れるんです。」
「なのでこれからも今まで通り、なゆと仲良くしてあげてください。」
「・・・・は はい。もちろんです!」
俺は、すごく心が切なくなった。
マスターは、黙ったままグラスを磨いている。
もうとっくに綺麗になっているグラスを・・・
何度も・・・何度も。
その後もマスターと俺は、この店の事やバンドについていろいろとゆかさんに話しをした。
何分かするとちらほらとお客が入りはじめた。
そしてマスターも少しずつ慌ただしく仕事をしはじめた。
俺達2人だけの素敵な時間が始まった・・・
俺はすでに酔いはじめている。
少しペースを落として飲もうと思った矢先、ゆかさんがお代わりお注文した。
思わず俺も注文してしまった。
すでに5杯目・・・
ふと、自分の事ばかり話している事に気が付いた。しかもに1時間以上しゃべり続けている。
それでも笑顔で俺の話を聞いてくれているゆかさんに、ますます気持ちが引き寄せられていく・・・。
「ゆかさんは、仕事なにされてるんですか?もしかしてモデルさんなんじゃないですか?」
「とんでもないです!ごくふつうのOLです。そんな・・・モデルだなんて・・・」
少し恥ずかしそうにはにかんだ笑顔がとても素敵だ・・・
何時間でもこうして話していたい気分だ。
「そういえば、なゆちゃんがどんな仕事してるのか、俺達知らないんだった。ゆかさんなゆちゃん何してるんですか。」
この質問の直後、ゆかさんの表情が少しくもった。
でもお酒の入った俺は全く気が付かなかった。
「・・・子供雑誌にイラストとかを書いたりしています。」
「イラストレーターなんだ。すごいなー」
「知ってたらライブのチラシ頼んだのに。もしかして頼まれると思ったから内緒にしてたのかなぁ?」
「今度頼んでみてもいいかな?」
すっかり気分のよくなった俺は、次から次へと脳天気な質問をする。
「それにしてもなゆちゃん急がしそうですね、お昼何度かランチに誘ったけど毎回断られるから。夜しか会ったことないんですよ。」
少し沈黙が続いた。
「・・・」
「やはりみなさんには、言ってなかったですか。病気のこと・・・」
一気に酔いが冷める。
「病気!なゆちゃん病気なんですか。いつもすごく元気じゃないですか!」
ゆかさんの顔から切なく微笑みが消えていった。
今日も俺は、マスターとクダラナイ話でもをしようと店に向かった。
新岐阜駅からグランドホテルまで来たとき、エントランスからひとりの女性が出てきた。
もしかして・・・・・・
「この前の綺麗な人だ!」
なんという偶然!
しかし声をかける勇気も度胸もなく、俺はただ数m後ろを歩くだけだった。
少し歩いてある事に気付く。
歩く方向が同じだ!
二人の向かう場所はどうやら同じようだ。
彼女は、俺が行くいつものバーの見慣れた入り口の階段を下りた。
俺は妙な緊張を感じた。
「たばこ買ってからから店に行こ。」
独り言と度胸のなさに恥ずかしくなった。
そして少し時間をずらしてお店に入る
「マスターまいど・・・・Jack ロックちょうだい。」
「めずらしな、いつもビールのヤツが。」
心の中で「よけいな事言うな!」と叫んだ。
「一軒飲んできたから、ビールはもういいよ。」
どうでもいいウソ。
カッコつけを言いながらカウンターの端に座った
カウンターの真ん中では、彼女がロングカクテルを飲んでいる。
彼女の周りだけ空気が違う。
暗いお店の中でも彼女は輝いている。
ますます興味と興奮がわいてくる。
マスターには申し訳ないがこの店には似合わない人だ。
いや、逆にピッタリカモシレナイ・・・。
「マスター、今度のライブ来てくれるよね?」
「パンタロンズのこと忘れかけてるだろう?チケット2枚とっとくからヨロシク。」
すると、
「あの・・・パンタロンズのメンバーの方ですか?」
心臓が飛び出るかと思った。
彼女が俺に話かけてきた。
興奮を抑えてクールに振舞う。
「あ・・・そ、そうですけど。・・・俺らの事知ってるんですか?」
「妹からよく伺っています。いつも仲良くしていただいているそうで。ありがとうございます。」
「え・・・・えっと?????」
あまりの事に開いた口がふさがらない。
「なゆみの姉です。ゆかと言います。」
開いた口がさらに開いた。
声が震えて、動揺を隠しても隠しきれない。
「ゆ、ゆかさんですか・・・ギターやってます・・・・あ、あ、あつしです・・・」
声がうらがえる。
「・・・・・・・・マスターもう一杯同じの。」
「急いで!」
ゆかは、少しクスリと笑いながら、
「もしよろしければ、その一杯私にご馳走させて下さい。」
「いえ、なゆちゃんのお姉さんにそんな申し訳ないです。」
「いえ、ぜひ!」
「・・・・・・じゃあ、ごちそうになります。」
今夜の俺は、いつもより飲める気がした。